BERSERK(ベルセルク)は何がテーマの物語だったのか

私の認識

故・三浦建太郎 著「BERSERK(ベルセルク)」

ベルセルクと言う単語が検索サイトの候補に出て、新刊が出版されるのかなとおどろきました。それは間違いで、さらに驚くことになったのですが…

この漫画は不思議な魅力を持っています。そろそろ寝ようかなと思ってから瞼が重くなるまで、私はほぼ毎晩の様に読みます。でも明確な理由が思い当たりません。話の筋も、次のセリフももう思い浮かぶほどなので「読み直す」と言うのとも違います。物語を読んで心地よいからと言うのは間違いないのですが、話が続いているという事もありその不思議についてあえて整理することはありませんでした。

何に魅かれて読むのか。今未完となった事を知った衝撃を受け、記事を書きながらその謎に決着を付けたいと考えています。

1巻画像はAmazonの書籍ページへのリンクです。ご承知置きを。

物語

私は1ファンであって、初めて作品に興味を持った方には作品を読んでいただきたいと思っています。ですのでネタバレ的な内容は可能な限り避けるつもりですが、主人公の関係の変化と言う必然の内容までは一部含まざるを得ませんので、未読の方はご注意ください。

あらすじ

全編を通したあらすじは、単行本を読むかぎりでは見かけたことがありませんので。主人公ガッツの人物紹介をもってそれとしたいと思います。

本編の主人公。狭間の世界に身を置き、狂戦士の甲冑をまとう。キャスカを”守る”こととグリフィスへ”挑む”ことを魂に問いつづける黒い剣士。その戦いは壮絶の一語。

単行本40巻の登場人物紹介

単行本にすると40巻まで出ており、章立てされていますので簡単に筋書きをまとめます。

1-3巻 黒い剣士

身の丈を超える剣を抱える主人公・ガッツが、彼を「黒い剣士」と呼ぶ怪物達「使徒」と狂戦士のような壮絶な戦いを繰り広げます。狂戦士は英語で言えばberserker(バーサーカー)となります。

3ー14巻 鷹の団篇

過去に遡ります。ガッツの生い立ち、鷹の団への所属、主要人物のキャスカやグリフィスとの出会いが語られます。この章で”蝕”と呼ばれる出来事を経てグリフィスがゴッドハンドと呼ばれるものへと転生します。どうしてキャスカが人格を失い、ガッツが狂戦士のように使徒に挑むようになったが判明します。

14ー21巻 断罪篇

時系列では鷹の団編の後に1-3巻の出来事があり、続きになります。使徒との戦いの旅に出ていた間に、キャスカが失踪していたことを知り、助けに向かいます。

22ー35巻 千年帝国の鷹篇

現世に再転生したグリフィスは、侵略を仕掛けてきたガ二シュカ大帝を退けます。一方ガッツは魔物たちからキャスカを守りつつ、彼女の安全のため妖精郷を目指します。その過程で新たな仲間と、人格を失ったキャスカが妖精郷で回復するかもしれない希望を得ます。

35ー 幻造世界篇

もはや人間ではないグリフィスがガ二シュカ大帝を討ったことを切っ掛けとして、世界が想像上の生き物であふれる形に変貌します。ガッツは新たな旅の仲間と共に妖精郷に到達します。妖精王の力で回復したキャスカは…

登場人物

25巻画像はAmazonの書籍ページへのリンクです。ご承知置きを。

私にとって鷹の団篇の登場人物は、ガッツが黒い剣士となった訳を示すものであって、彼にとって重要であっても主要人物とは違うと感じますので、25巻の表紙に映る新たな旅の仲間を登場人物として紹介します。

ガッツ:烙印の剣士。大剣を使う主人公。「烙印の娘キャスカを守るもの」
キャスカ:烙印の娘。人格を失ってからガッツに怯えるためファルネーゼが守り役になっています。
イシドロ:石を投げるのが得意なドロボーの少年。粗忽者だけど武器を持てば立派な戦力
シールケ:ガッツを助けることの多い魔女見習い「霊樹の森の魔女フローラ1番の秘蔵っ子」
ファルネーゼ:「押しも押されぬ大貴族のご令嬢」だけれども奔放でシールケに弟子入りします。
セルピコ:ファルネーゼの召使いにして実は兄。ガッツも一目置く剣の腕前。
パック・イバレラ:おチビなエルフたち

説明で予想がつくとは思いますけど…誰がどれだ!とかは勘弁してください。絵心が全くないのです。

物語を読むことは大好きだと言うのに、何に魅かれて読むのかわからないと述べた通り。私には特に好きな登場人物が居て繰り返し読んでいるわけではないようです。思えば日常では誰かが好きでそれがずっと同じ程度という事はないし、常時カッコいい・可愛いなどという事もないです。仲間には感心したり呆れたり変化するものです。そんな日常では当然のことが自然に描かれています。壮絶な状況の中でですよ?

自然さは、非日常とか違和感を表現するより間違いなく難しいです。宮崎駿監督がアニメーションで最も難しい事は歩きの表現だと言われていたというお話を思い出しました。

考えさせられるシーン

祈ってるだけだろうが

21巻より…祈ってるだけだろうが

呪いを受けたキャスカやガッツにも集まってくる魔物に襲われた人達が、キャスカの火あぶりを切望する声が聞こえないのかと問われ。
私の祖母は信心深く毎晩の様に私達兄妹の幸福を祈ってくれていました。今でもその気持ちを受け止めて自分を大事にしつつ生きよう、あるいは誰かの幸福を支えようと思います。ですから”祈ってるだけ”とは全く思わないのですが、同じ様に襲われつつ彼女を守っているガッツが言う事については当然だなと思います。きっと自分のためと、誰かのために祈るという事は違うのでしょうね。

太陽は太陽 光は光

25巻より…太陽は太陽 光は光

神の名については…畏れ多いので触れないとしても。(その通りとは思いますが。)

概念や物に名前を付けても、呼び方を変えても対象に一切の変化がないよねと、気を付けたいなと思います。私はエンジニア、研究者の端くれなので。ひっこみ思案を陰キャとか蔑称しても本質は…例が悪いですね…

今のオレの全部でやりとげるのみ!!

26巻より…任せられるから任せた

最強の剣士を目指すイシドロは、いつも剣で勝負を付けようとして空回りしがちです。普段は自信過剰に振舞いますが、実戦ともなるとまわりが化け物の如き大剣使いや魔法使いであるために、己がいかに平凡な少年であるか自覚させられます。それでもそのガッツから「任せられるから任せた」と言われたとき、自信過剰でもなく卑下でもなく冷静に自分の能力を把握して、今は全力を尽くそうと思い直しました。困難に立ち向かうときこそ、そうありたいものです。

相手は魔物ではないけど。

家うちのもん

29巻より…家のもん

魔女見習いのシールケは一般の人間界では迫害される側で、普通の服に着替えるしかありませんでした。師匠のフローラと言う家を失ってしまい、そのままガッツ一行に身を置いて居ますが人間を”人間”と呼ぶ程度には距離を置いて考えています。自分から距離を置いて居た以上、居心地が良いと思い始めても距離を測りかねるはずです。

ガッツは使徒たちと言う怪物からキャスカを守らなければならないし、元々一人で居る事を好みます。過去に仲間を失う経験もしました。そのガッツからふと、”うちの”と言われたときにはとても嬉しかったと思います。普段はシールケと衝突しているイシドロもさりげなく酔っ払いに怒っているのが和みます。

認めざるを得ない男

30巻より…確かに認めざるを得ない男です

セルピコの思いに共感したシーンです。

ファルネーゼ本人の希望だとしても、最も大事なファルネーゼに危害が及ぶガッツとの旅を、セルピコはすぐ止めたいです。そしてガッツは強敵と遭遇した時まさにタイトルの通り狂戦士になります。もしガッツがファルネーゼに直接危害を与えたなら許すことが出来なくなります。始めはガッツを始末しようと考える程でしたが、共に旅をするうちにセルピコ本人もガッツの生き様を認めるようになっていることを自覚しました。

だからこそ尚更そのガッツがファルネーゼを手にかけることの無いよう行動に移すのですが。ガッツはの生き様は認めざるを得ないし、自分がどうなりたいかをみつけたファルネーゼを応援したいし、かといってガッツに手を掛けられて彼女が命を落とすなどもっての他。読者でもいつそうなるかもしれないと心配する位です。

私自身もガッツの生き方とは逆方向な気がしますが、これだけ読んでいるのですから知らないうちにガッツの生き様の熱にあてられていたようです。

留守は任せた

36巻より…留守は任せた

ファルネーゼの苦悩は度々描かれていますし、彼女がガッツ一行の役に立ちたいと心から願っていることは分かります。そんな彼女は大貴族出身なので突然旅などしても全く考えも浮かばないし、それを叶えるスキルも無いのが普通だと思います。

それなのに彼女自身の努力でどうしたいか結論を出し、しかもそれは彼女の出生が邪魔になるようなものでした。彼女自身は恐る恐るでしたがその努力を始めた事自体が偉大だったと私は思います。最終的に彼女は魔術に成功したことで、彼女にしかできない役割を得ました。

感涙するファルネーゼを見てガッツがキャスカの事を一番に考えていることを思い出すと、嬉しくも複雑な表情をするセルピコと同じような心境になります。

何がテーマの物語だったのか

終わらなければ分からない

鷹の団が迎えた結末とその後のガッツの物語を読んだ方は誰もがこう心配すると思います。

まさかグリフィスを追う過程でこの得難い新しき仲間を犠牲にするのかな…と。それではあまりに救いが無いように思えますが、甲冑の呪いもあってガッツの人格が失われるとどうなるかわかりません。

その危険性は新しい仲間を得る前から明確に描かれているし、狂戦士の鎧の影響はそれを加速させます。一部の登場人物からも懸念されています。どんなに得難き交流のある旅であっても結末がそれではそういった「因果の物語」になります。

キャスカの心を取りして旅を終結すれば「救いの物語」、治らずグリフィスを追えば「復讐の物語」となるかもしれません。

先が分からないからこそ物語が魅力的なのでありますが。三浦先生のご逝去に伴い何の物語なのか答えが出る可能性は断たれてしまいました。

他の完結した物語以上に、ベルセルクが何の物語であるかは読者に任されることになりました。

何に魅かれるのか

いっしょに戦っているわけではないけれど。ガッツの言葉に胸を打たれたり、シールケの言葉に納得したり。イシドロの成長に感心したり。生き方が全く違うのにガッツを認めるセルピコに共感したり。自分で出来ることを勝ち取ったファルネーゼが喜ぶ姿をみて和んだり。

――最終的にガッツが仲間を犠牲にしないか心配したり。思えばこれらは登場人物の誰かが誰かに対して行っている事と同じです。それで、物語に入ることは出来ないけれど、読んでいる間ガッツ一行と一緒に旅をしているんだなと気付きました。

私にとってベルセルクは復讐の旅では無く、望むべくもなく得た仲間と旅をしつつ、お互いに影響しながら考え方を変えていく変化の旅路の物語だったようです。

通りで飽きないわけです。旅は続けるものですし。

三浦先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。ーMori

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